”物事は本質や真理を底通させながらアップデートしていくのかもしれない”というおはなし

2020.12.09.柴田



年末という魔物が顔を覗かせ始めると、その後ろに年度末というラスボスの気配が漂いはじめます。

みなさまいかがお過ごしでしょうか?

おいかぜは去年の年末の忙しさを引きずったまま、今年の年末を迎えることになってしまった感があります。
忙しい。
なんとかみんな元気にやっています。
人並みに忘年会くらいはできそうな様相です。
こんな社会情勢なので、ほいほいと飲みに行ける感じではないですが。
こうやって飲み会の季節を迎えると、ウィルス騒ぎが早く落ち着いてくれると嬉しいなぁと、より強く思ったりするわけです。ほんとに。

先日、次年度から入社予定の新卒の学生さんたちが、ボクとの概念学習のために会社に来てくれました。
概念学習といっても、課題図書を読んでその感想をボクやスタッフたちとディスカッションしてレポートを出してもらうというシンプルなもの。
oikazeCUBEを使って2時間くらい色んなお話しをしました。
課題図書の選定はボクなりにちょっと仕掛けはあって、そういう意図なんかをお話したりしながら、お互いの理解を深め合ったり、ボクたちの業界や仕事の本質について触れてもらうことができる、そういう場と機会になることを意識しています。

今回の課題図書は糸井重里さんの”インターネット的”。


インターネット的 (PHP文庫)


言わずと知れた株式会社ほぼ日・ほぼ日刊イトイ新聞糸井重里さんが書いた名著です。
2000年代前半に書かれたこの本、今改めて読み返してみると、これはもはや予言書なんじゃないかと思うくらい、今の時代性や空気感を捉えていて、当時からインターネット界隈にいたボクからすると”ちょっとヤバイな糸井さん”って言葉が自然と出るような内容です。
当時から”リンク・フラット・シェア”なんてことを飄々と語っている糸井さん。
この概念学習のために読みなしてみて、糸井さんの考察の深さと先見性に改めて感心していました。

インターネット的”については、もしまだ読んだことがないって人がいたら、是非読んでみてください。
ボクが何かをつらつら語るよりも、一度読めば糸井さんの的確に時代を捉える言葉の数々に膝を打つこと間違いなし。
やさしく・つよく・おもしろく”って経営理念を掲げちゃう柔らかな糸井さんも素敵だけれど、こういう物事の本質を捉える視点が糸井さんの真骨頂だよなぁとボクは思ったりするのです。

さて。

概念学習、前回の第1回目ではD2Cという今ボクたちの業界で一番のトレンドと言ってもいいようなキーワードに関する本を選びました。


D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略 (NewsPicksパブリッシング)


ボクは普段であれば、こういうカテゴリの本を誰かに積極的に勧めることはしません。
この業界にいれば自然と目に触れるキーワードだし、みんな興味があれば読むだろうなってなって会社の本棚に置いておいたりはするかもしれないですが。

実は1回目の課題図書がD2Cの本で、2回目の課題図書が”インターネット的”にしたのには理由がありました。

前述したとおり、もはや予言書って思えるのはボク世代やボクよりも上の世代の聡明期からインターネットに触れていた・関わっていた人が思うことであって、今回の概念学習で新卒の3人がいきなりこの本を読んでも、あまり意味がないわけです。

それは単純に世代の差が生むおはなし。

彼らに最初にこの本の感想を聞いたとき、予想通りというかとても当然の感想が返ってきました。
それは「面白かったけれど、ふーんという感じでした。」「どう感想を言っていいかわからないです。」「面白い人間論みたいな本でした。」といった内容。
そうかそうかとその言葉を聞いて、ボクはこの本を選んで正解だったと感じたわけですが。

この本が書かれた当時に彼らは赤ん坊。
インターネット的”が予言書だということは、この本で書かれていることは”彼らにとって当たり前のこと”になるわけです。じゃあボクの意図はどこにあったのか”インターネットの歴史をトレースしてほしかったのか?”、”糸井さんってすごい人だよ!”って言いたかったのか、それはどちらでもありません。

ボクはその2つを続けて読んでもらって”物事は本質や真理を底通させながらアップデートしていくのかもしれない“ということを伝えたかったのです。

時代は繰り返し、思考はループし、人はいつの時代も同じようなテーマに悩み続けます。
それはおそらく、この世には真理と呼ぶに近いことが底通しているからなのかもしれない。
その真理について時代ごとに視点や視座をかえて向き合っていくことが大事なのだと思っています。

ボクがこの2冊を読んでもらって感じてほしかったことは、どの時代においてもインターネットやウェブサイトやIT技術は道具であって、それ自体にフォーカスし過ぎないことが、いかに大切かということ。
いま語られているD2Cの文脈というのはプロダクトの世界観を周辺情報やコンテンツを使ってどう伝えていくかということ。
糸井さんが伝えていることも、まさにD2Cの文脈と同じようなことを言っているわけです。


つまりボクたち株式会社おいかぜが大事にしていること、お客様の課題を技術とデザインで解決すること、技術とデザインはあくまでも手段だということ、ボクが上の記事で書いたことは、既に20年近く前に糸井重里さんが捉えていた本質であり、今も変わらず底通しているということなのです。

ボクがやっている概念学習というのは毎回同じことを繰り返し伝えているだけかもしれない。
それはこのnoteに書いていることもそうなのかもしれない。
ボクが信じている真理や本質をいろんな方向からの視点で言い換えているだけなんだと思います。
でもそれがとても大事なこと。
その真理や本質たることが反映されない仕事はボクはしたくない。
おいかぜのスタッフには真理や本質たることが反映された仕事をしてほしいと思っています。

いまボクは株式会社おいかぜの上位概念を整理しています。
今までやってきた点が線になり、線が面になり、そして面がどのくらいの数に展開しているのか。
それがとても多面的になっている、おいかぜという社名のとおり捉えどころはないフレキシブルさと確実性を兼ね備えていることの言語化を進めています。
全ては”だれかのおいかぜになる”ために。

来年の4月から入社してくれるみんなはたぶん新しい言葉や見たこともない技術に触れて右往左往してしまうことがあると思います。
誰だってそうだと思います。
でもそんなとき”物事は本質や真理を底通させながらアップデートしていくのかもしれない”ということを理解していれば、彼らの今までの人生の経験が、たぶん仕事に地続きに続いていくことに気付いてくれるんじゃないだろうか。
たぶんボクのこのnoteにも彼らにとって拠り所になる言葉たちが他にもたくさんあるはずです。

ボクたちがやっているインターネットやITやウェブのことを新しいだけのこととは捉えず、そんな言葉たちを大切しながら、どの時代でも通用する真理を軸にした提案にアップデートできたとき、とても良い仕事になると信じています。




(noteでの記事はこちらから)